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嫌われ松子の一生に突き動かされる。

去年末にチャリンコ10分圏内に新しい映画館が出来たってことを、最近知って。雨だしお気に入りのキチガイパーティもないということで、土曜の夜から日曜に掛けてオールナイトで映画を立て続けに3本観ました。娯楽事はちょっと気持ちが離れるとすぐに「必要ないもの」となっちゃうので、映画もテレビも本も観ないと観る習慣がなくなってしまうと、なかなか復帰する事は難しいとは常々思います。なんとなく入るんだけど、一回卒業すると、わざわざそこにはまるのは面倒くさいという。娯楽100%だったゲーム業界が一番その被害にさらされてると思います。任天堂を中心に抜け出すのに一生懸命です。任天堂にはほんと期待しています。きっとパラダイムを完全にシフトしてくれるんでわくわくしています。

レイトショーとナイトショーで料金が安いってことで、ダヴィンチコードとデスノートと嫌われ松子の一生の3本を一気に観た。はまると一気にはまる。ダヴィンチコードとデスノートはミーハー心から観たものなんで、観たことでミーハー心は満たされました。
一方嫌われ松子の一生は、中谷美紀が監督にボロクソに追い込まれただの、BonniePinkが売れっ子ソープ嬢で出演だの、「異常に悲惨なのに、過剰な幸福感も溢れてる」だの、下妻の監督だの、断片的な情報はどれも気になるものばかりで、かなり中身が気になっててようやく観る事ができました。

映画は個人的にはとってもいい出来で、最後のみんなが歌うシーンなんかはマグノリア思い出して。一気にバラバラな事柄が歌を通して1つに集約されてってクライマックスって感じにがんがんまくり上げてく様はなんで感動してるのかも分からず感動しちまいました。

個人的には大好きな速くて濃い展開で。表面的な筋を理解するのにいっぱいいっぱいだったけど、表面的な筋はハタチ過ぎまでは人生順風満帆にエリートの階段のぼってきた女が、一つの事件をきっかけに一生をかけて落ちぶれまくって最後にぶっ殺されてその人生を終えるっていうどうしようもない暗い話なんだけども、それがなんであんな華やかで愛に溢れるというかまみれてて、まっすぐ過ぎる感じを得つつ、最後にはちょっとなんか救われた感じがして俺がピースフルになっちゃったのか全く理解できません。なんで最終的に俺がそんな感想を持ってしまったのか全く理解できなくて、こういう類いの印象は今後時間をかけて噛み砕かれてくんだろうけども、松子が嫌われてるのは人からじゃなくて、穏やかな幸せってやつから嫌われてるってことなのかもしれない。んで、神とは愛。ならば松子は神。って答えに集約されるからってのは何となくイメージ的にぎりぎり理解できてるところです。

マグノリアもかなりキャラクターの感情が激しくて、メロドラマノリだったけど、この松子もそんな感じです。マグノリアのような最後のアレはないし、プロットの構造もかなり違うけど、観終えたときの余韻が似てました。マグノリアは大好きな映画なので、この余韻はすげーいいものです。

この映画を観てしまったが為に、日本が決勝リーグに出れない事よりも最後の最後まで戦い抜ければブラジル戦で終わってしまっても素晴らしいってな気分になってしまいました。クロアチア戦は近くの居酒屋でみんなで観てたけど、終盤みんながとにかく無性にがっかりしてく空気に耐えられず途中で帰宅。

というわけで「嫌われ松子の一生」は5つ星の満点映画でした。ええもん観た。いつ劇場公開終わるかわからないけど、機会があったらもう1回劇場で心突き動かされたいです。

BPM。といっても120あたりが気持ちいいBPMのことではなく。

マッシュアップっていうのもそうだけど、このBPMもそう。
クラブ系の音楽用語をそのまんまビジネス用語に持ってくるのをよく見かける。
音楽用語なら知ってるんで理解が簡単にできるからいいんだけど、だからこそ訳が分からずドツボにはまってしまった用語。
BPM。1分あたりのビートの事じゃなくて、ビジネスプロセスモデリングの略らしい。
音楽用語を知ってると逆に理解を阻む仇になっちまうややこしい用語です。
BPMは120〜140がスイートスポットとか言うと、ビジネスの人は「?」となります。

プロユーザー(家計簿つけの玄人)に「家計簿ソフトを作ってほしい」と依頼された場合は、そのユーザーに今までどんな風に家計簿をつけていたのかを聞いてそれをそっくりパソコンで置き換えればよかったのです。しかしアマチュアユーザー(家計簿つけの素人)の場合はそれができません。そもそも家計簿はつけていなかったのですから。それどころかユーザー自身が家計簿のつけ方について何も知らないということもありま す。

そんな何も知らないユーザーに従来通り「どんな家計簿ソフトを作ればいいですか?」と聞いてもまともな答が返ってくるわけはありません。そこで「わからない」という答が返ってこればまだいいのですが、多くの場合はユーザーが 勝手に家計簿に対して思っているイメージを話し始めます。そしてそれが仕様になってしまうのです。この結末は予想がつくでしょう。どうにも使いにくくて役に立たないものがで きてしまうのです。それもそのはず、もともとの仕様が間違っていたのですから。

問題の発端は、何も知らないユーザーに「どんな家計簿ソフトを作ればいいですか?」と聞いたところにあります。そしてついでに言うなら「それ(どんな家計簿ソフトを作ればいいか)は私にもわかりません」という答を認めず [1] 、知ったかぶりの情報を鵜飲みにしたところにあります。その理由はわかっています。仕様策定は大変な作業だからです。何も知らない人にこの仕事を押しつけて「お前が言った通りに作ったんだから後はお前の責任だ」と責任逃れをしたいからです。こんな無責任な態度ではトラブルを招くのも当たり前です。

まず相手がプロユーザーかアマチュアユーザーかを見極めましょう。そしてアマチュアユーザーの場合には相手の言う事に耳を貸さず、まず一緒にプロセスを分析する事から始めましょう。

最近流行りかもしれない、ビジネス・プロセス・モデリング[BPM]。
しかし、上記一文はなんというか、目からうろこだ。俺には一番わかりやすい事例。
それはまちがいない。似たケースには結構見たり感じたり関わったりしてドロドロしてる。
上記1文は、ソフトウェアを作る際の仕様策定をケースとしてあげてるけど、
プロダクトやサービスを作る時にユーザーオリエンテッドを意識するとき気をつけなくてはいけない事柄だと思う。
個人的な経験では、昔テクニカル系のユーザーサポートしてたときになんとなしに思ってた事で、
「トラブルを抱えるユーザの「俺は玄人なんだが、なにをやってもトラブルが解決できない。こっちには問題が無いようだ。そっちに問題があるようだ。」って言い切ってしまう人は素人だから、サービスを利用する為のセットアッププロセスをもう一度1ステップずつなぞらせてみれば解決する」法則と名付けていました。
教育とかでその法則を伝えるときは「ユーザのいう事は嘘。」
というキャッチーなタイトルで伝えていたら曲解した人がユーザに
「なにをやってもトラブルが解決できないなんて嘘ですよ」なんて
喋ってしまって問題が発生した事は過去の思い出。

“If I had asked my customers what they wanted they would have said a faster horse.” – Henry Ford
(800-CEO-READ Blog: Focus Groups)

もし私が顧客に「何が欲しい?」と尋ねたならば、
「速い馬が欲しい」と答えただろう。 – ヘンリー・フォード

引用元:イノベーションは顧客の声からは出てこない – 発想七日! [ITmedia オルタナティブ・ブログ]

これも目からうろこ。
このあたり、イノベーターのジレンマと同じカテゴリーで、顧客の声に忠実すぎると
顧客がごっそりいなくなってしまうっていう。
(忠実に一生懸命に速い”馬”を作ってたら、ぽっと出の”車”に全部顧客をかっさらわれる。)
ユーザーオリエンテッドは非常に大事なものであることは間違いないけれど、
顧客の中にブラッシュアップの為の答えはあるけれど、革新的な新しいものを求めるのは、それは違うと。

自動車産業の研究家として世界的にも有名な経営学者の藤本隆宏は、日本の自動車産業が二十世紀後半に示した「もの造り能力」や「改善能力」のような企業の組織能力も、事前に合理的に計画されたものではなく、事後的に合理的と判断された「創発的なプロセス、つまり、当事者が必ずしも事前に意図していなかった径路で、徐々に、累積的に形成された。したがって、他の企業がこれを事前に察知することはきわめて困難だったし、競争力格差に気づいた後も、その組織能力の総体を把握することは難しかった」と述べている。

引用元:情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる: 5.1.1. 創発(イマージェンス)

ヘンリーフォードさんの言葉で、顧客の中にイノベーションの解そのものはないから、FGIは(イノベーションの解を得るために行うのは)無駄だって感じのノートがあったけども、これは、それと類似しながら、対象は、会社と経営者/ボス、とプロセスと、現場だ。
でも結果としては、??
?の領域に密接しているプロセスそのものであったり、現場の人の対処すべき事柄の解が積み重なってイノベーションが起きたって事例ではありますわな。
興味深い。

自分が

「これがいいぞ」と思うことをやると、

「がんじがらめ」になっちゃうんです。

引用元:ほぼ日刊イトイ新聞- 建築って、おもしろそう。

一個上の引用で、逆に事前に合理的に計画して頑張った場合は、がんじがらめになると。

shit!!!
だけれども、確かにそうですねん。。
知恵とか、アイデアとか、クリエイティブってのは、そうですねん。。
特に俺の場合、「これがいい!」というものが先にあって、それにあわせて何かをするというのはできなくて、別の創作的なものを見て感じたりするところから、「こういうのもいい!こうしたらいい!」と派生し、そこからすすんでくということもあり、、、

あとは、マーケティングが関わる事で成功させる為の重要な要素だと個人的に考えている「思いやり」ってのは要するにはそういうことで。
カスタマー(ユーザー)・オリエンテッドとか、カスタマー・ビューポイントというのがそこにかかわる考え方で、任天堂が最近強調し始めて、SONYが失ってしまったことを悔やんでる概念。

ただ、いづれの考え方も固定観念を壊して本質的なものを求めて使えるものを生み出すためのフレームであったりプロセスであったりノウハウであって、「だから今のやりかたはダメなんだ!やめなきゃいけない」なんて何かを否定するものとして解釈してしまうと大きな勘違いが発生して困ることになるんだろうな。
点在する点が俺個人の中では上みたいにつらつらと線になってって、超長いエントリーになってしまったと気づく。

あどぼけぇと

「キットカット」は「きっと勝つ」キャンペーンで大成功を収めたが、もともとのブランド・コンセプトは、“Have a break”である。だが、それをそのまま消費者に伝えたところで、消費者からの反応は乏しい。しかし、それが「きっと勝つ」という言葉に翻訳された途端、消費者は強く反応する。

Brand Advocateという言葉を知った。
Advocateという言葉は、提唱とか、推奨とかをするという意味らしい。
Advocate Customerで、口コミで(商品のよさを)伝えてくれる顧客という言葉もあるらしい。
Advocateという言葉には、代弁というニュアンスもあるようなので、

Brand Advocateというのはさしずめ、ブランドコンセプトの代弁者、(特定のターゲットへの)翻訳者、意訳者とも考えられるかもしれん。
Buzzとか、Virusとかも同じカテゴリーの話で、とうぜんBuzzとなるには、Virusのように伝播させるためには、コンセプトなりベネフィットなりを”しみる言葉に翻訳”しなけりゃだめだわな。このあたりはやはり同じカテゴリーだ。
すごい才能のあるコピーライターはきっと、ブランドコンセプトの本質をキャッチーな形で翻訳する人なんだろうな。
キャッチーなだけでは、本質をとらえてるだけでは片手落ちなんだきっと。

他人が自分をじっと見たとする。
その視線の意味は、他人が自分にガンつけてるのか、好意を持って見てくれてるのか、というのは、他人への好意の有無でその解釈が変わってくるような不定なものなので、ここで他人のAdvocate(代弁できる属性を持つメディア)が「好意の視線を送っている」と言えば不定な解釈に寄与できるわけだ!

残念で、奇跡待ち。なので、より燃える。

川口超かっこよかった。残念やった。フジロックのチケットもとれなかった。残念やった。ハイライトシーンも辛いところやった。持て余した放送時間の中での反省会も辛いところやった。けどもまぁ、岡田監督の監督って職業の人らしい発言を聞いてると冷静になれるもんです。
うまく行かなかったら、じゃあもうあきらめるか。無理だからあきらめるか。それじゃおしまいだと。残り限られてるけど、出来る範囲で全てを突っ込む事に集中するべきだと。ごもっとも。
すっごい他人視点で、今回の一連のお祭りがフィクションの作り話だとすると、最初に幸先暗いどん底なスタートをきるのは後の伏線としてはあまりに嫌らしい仕組まれ方。
それがバッドエンドでもハッピーエンドでも、そこまでは引き続き夢見させてもらいます!